デジカメ大好き

シャッター音に心癒される日々の記憶

見たことがある場所 

ある雑誌を見ていたら

春頃に神楽坂で撮った写真にそっくりな写真が載っていた

この場面の直前にレンズ交換したので覚えている

IMG_1270(3).jpg


小料理屋のすぐ裏に高層マンション

よろけそうになって立て直す
自転車で警邏中のおまわりさん

雑誌では
スナップとして建物は面白いが
車や人物を入れると生活観が入って、なおよくなる

との解説だった
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コメント

こんにちは。

そうですね、このおまわりさんはすごく効いて
います。 いい感じです。

ただし、「生活感が入っていれば、良い写真」
というわけでは無いと思います。 結果はまったく
その通りなのですが、思考のプロセスとして

「生活感を表現したいから、人物を入れた
写真を撮る」 というのが正解なのです。

同じ場所でも、「生活感を入れたく無い」
場合もあるかもしれません、たとえば寂寥感
静寂感、冬の寒さや夏の暑さで人気(ひとけ)が
無いなど・・
もしそんな作画意図があれば人物は、
できるだけ入れないか、入れても、
寒そうに1人で歩いている人とか、そんな風に
入れるべきでしょう。

つまり、自分が何を表現したいのかで、
人物や車や各種小道具を入れるべきか
どうかが決まってくるのです、

「スナップでは常にそうした方が良い」という
雑誌のその考え方は、残念ながら間違って
いると思います・・

P_chan(匠) #vF6dOJDI | URL | 2006/07/03 14:23 * edit *

見ること聴くこと
全て新しいことなので
そのまま納得している現状です
入ってくる情報を自分なりにふるいにかけられるようにならないといけませんね。

tettyan #- | URL | 2006/07/04 06:24 * edit *

こんにちは。

そうなんです。 そのふるいにかけるというのは
外からの情報もそうですけど・・

ある被写体を見たときに、自分がどう感じるか、
それも「ふるいにかける」わけですね、

それが「個性」であって、それが「表現」です。

なので、写真は、同じ場所に行って同じ
被写体を探す行為ではないわけです。
(よく、富士山を他の写真と同じアングルから
 撮りに行こうとする人いますよね・・)

同じ場所からも、その人の個性、つまり
作画意図や作画表現から無限に違う
写真ができてきます。
同じ被写体を撮ってもそれぞれ違うという
ことです。 

そう考えると、被写体は身近のどこにでも
あるわけですね・・ 

さらには、人の写真のコピーを目指す事は
上達という方向性からは全然違う向きに
なってしまうと思います。

P_chan(匠) #vF6dOJDI | URL | 2006/07/07 10:41 * edit *

コピーになってしまう。

ある雑誌では、
「この場所では、ベストな時間や最適露出まである」
とまで書かれていて、
興ざめしました。
ひねくれた性格でもあるので
「人と同じ」は嫌なので(なぜか恥ずかしい)もっぱら変わった被写体に目が向いてしまいます、故に
家内の評価は「何で・・」なのでしょうね。

tettyan #- | URL | 2006/07/07 19:04 * edit *

こんにちは。

何故人と同じ写真が撮りたくないか・・・
理由は2つでしょうね。。

1)個性を表現したから、
 「オレはここにいるんだ、見てくれ!」

2)技術の優劣を評価されたくないから
 「こっちの写真は、腕もいいし、機材もいい・・」

どっちもあっていいことだと思います、
その「ある雑誌」というのは、シニア向けの
風景写真とかではないのでしょうか?

想像力や表現力を込めない写真というのは、
お手本があって、それをなぞる写真です・・
(それは、そういう教育市場が存在しているから
 カメラ業界が成り立っているともいえますが・・)

楽器練習などでも、そういうのはありますが
そのままだと永久に、お手本見ながらで
終わってしまいます・・ 

P_chan(匠) #vF6dOJDI | URL | 2006/07/10 10:56 * edit *

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